第3章

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 美味しい食事と楽しい会話。休日前という解放感に満ちた金曜日の夜。  絆される形で継続することになった交流。承諾してしまってから数日は後悔の念があった。男と恋愛なんて自分には考えられない。月城は現状維持を望んだが、それは世間一般で言う『お友達のままで』とは違う気がする。宇坂はそのつもりでも、月城は自分への特別な好意を捨て去った訳ではないだろう。隙あらば、と思っている可能性だってあるかもしれない。しかし、主導権はこちらにある。それに月城は、今のところ宣言通りに特別な何かを口に出すことはしないし、そういった行為をしたがる素振りもまったく見せない。変わらず宇坂に楽しい時間を提供してくれる。  万が一問題が起きた時には、すぐに放り出せばいい。そう考えると抵抗感や億劫さは殆ど気にならなくなっていった。 「宇坂くん、これ」  月城の好意を知り、僅かに変容した二人の関係が継続することになってから三週間程が過ぎた頃。外食での遅目の夕飯を食べたあと、月城は小箱を差し出した。上等で頑丈そうな黒い箱の蓋を開けると、中に入っていたのは財布だった。 「……あ」  それを見た宇坂は、先週あったやり取りを思い出した。  月城と二人で歩いている途中、宇坂からジャラジャラと小銭の音が立ち始めた。宇坂は立ち止まり、少々苛立ちながら直す。使用している財布のファスナーが壊れて閉まらず、時折こうして小銭が飛び出してしまうのだ。 『いい加減新しいの買わないと』  確かに宇坂はそう口にした。月城はそれを覚えていたのだろう。宇坂の言葉に他意はなかったのだが、遠回しに催促したように聞こえてしまったのかもしれない。ばつが悪くなって、……でもすぐに思い直した。自分はこうして毎週、月城の望むことを叶えている。その見返りをもらったところで何もバチはあたらない筈だ。
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