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「ダメ……ですか?」
「ごめんなさい」
「付き合ってる方がいらっしゃるとか? 私、それでも……」
ものすごいことを言い出した田上の言葉を遮るように月城の声がする。
「そんな自分を落とすようなことを言わない方がいい」
「……っ」
「僕には、心に決めた人がいますので、他の方は考えらえれません。ごめんなさい」
田上の呼吸音が忙しなくなって、泣いているのだろうと宇坂は思った。そんな彼女にも、月城は動揺した態度を見せない。
「午後の診療の準備がありますので、これで失礼します」
毅然とした声だった。月城が出てくる気配がして、慌ててすぐそばの男性用トイレに駆け込んだ。もしかすると月城が入ってくるかもしれないと考えて、そのまま個室に身を隠す。しかし、しばらくしても月城は来なかった。誰もいないトイレの中で、宇坂は妙な高揚感を覚えた。
会社の先輩の意外な一面を見たから? いや、違う。これは優越感だろう。
(告ってもムダだって、その人ゲイなんだから)
男の秘密を自分だけが知っているということ。
(泣いて縋ってもムダだって、俺にベタ惚れなんだから)
完璧な男が自分だけを望んでいるということ。
それらは堪らなく宇坂の自尊心を満たした。
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