第3章

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「どうして、か。特別な理由なんてないよ」 月城は少しの間黙って宇坂を見つめ、だけどすぐにいつもの落ち着いた声でそう答えた。 「顔が好みだった?」  おどけた風に問い掛けると、月城は「それはあるかもしれない」と苦笑して見せた。 「初めて会った時、笑顔が素敵な人だなって思ったよ。その時すでにそういう気持ちは芽生えてたと思う」  宇坂は目を丸くした。 「でも、そこから話したことなんてほとんどなかったのに……」  第一印象がよくて、相手に何かを感じたとしても、その後に発展するような要因がなければ、その気持ちは恋愛感情に育ちようがない気がする。一目惚れというものが存在するのは知っているが、経験がない所為か宇坂にはいまいちピンと来ない。  すると、月城は静かに首を振った。 「最初から特別だったんだから、一目惚れだったのかもしれない」  月城はそう言ったあと少し考える仕草を見せて、「でも……」と言葉を続けた。 「相手は君だけど、この感情の持ち主は俺だから。君が何も手を加えなくても勝手に育ってしまう。持ち主の俺でさえ上手くコントロールなんてできないけど……」  月城は目が合うと申し訳なさそうな顔で笑った。 「医院の外に出る度、君と偶然出くわさないかなって毎日のように考えてた」  そう言って自嘲するように笑う。 「ごめん、気持ち悪いよね」  宇坂が何かを答える前に、月城は逃げるように立ち上がった。 「ワイン、なくなりそうだから新しいの持ってくるね」  広い背中がキッチンへ消えていき、新しいボトルを手に戻ってきてからは、何事もなかったように当たり障りのない会話が繰り広げられた。  食事のあと、いつものようにソファへ移動してテレビを観る。隣の男は時折さりげなく話題を振ってきた。宇坂はそれに適当に相槌を打つ。液晶画面に流れるのはモノクロの映画。少しも集中できず、ただ眺めているといった方が正しい。食事中の月城との会話が頭から離れなかった。
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