第3章

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 今まで月城は異常な本性を隠すために、優しくて穏やかな人間を演じていたのだろうか。いい人の仮面を被って、頭の中では宇坂を甚振り、悦んでいた? 瞬時に宇坂の内側に湧き出た嫌悪感を察したのか、月城はわずかに目を逸らした。 「ひどいことをするのは可哀想だと思う。傷つけたくないと思う。笑っていて欲しいと思う。温かい気持ちでいっぱいにしたいと思う。誰よりも大切にしたいと思う。……それはすべて本心だ」  月城の顔が苦しそうに歪む。月城の本質がサディストだというのなら、可哀想だと思う気持ちは矛盾している。加虐性愛という異常な性質を誤魔化したくての発言なのだろうか? 宇坂に嫌われたくなくて必死に取り繕っているのだろうか? 宇坂にはわからなかった。 「だけど宇坂くんを見ていると、服を剥いで床を這わせたくなる。縛り付けて苦悶に歪む顔を見てみたい。泣き叫ぶ顔を見つめながらめちゃくちゃに犯したくなる……それが俺という人間なんだよ」  欲望を打ち明ける声は、悲痛に聞こえた。過激な言葉に顔色を失う宇坂に、月城は傷ついたように笑う。その表情に宇坂の胸がざわついた。それは宇坂の同情を引く為の演技には見えなかった。そこで初めて、性格と性癖は必ずしも同じ方向を向いている訳ではないのかもしれないと思った。  宇坂をむごたらしく犯したいという欲望と、大切にしたいという愛情。相反する二つの強い意思。仮に月城の言葉が真実で、そのどちらもが男の中に存在するとしたら。中心にある月城の心は、引っ張られ、捻じくられ、ひどく痛むだろう。 「誰かに惹かれるたびに思う。人を好きになるのは、どんどん自分を嫌いになることなのかって……」  月城の顔には諦めの色があった。完璧な男には不似合いのそれは、過去に幾度も苦しみ、傷ついてきた証なのかもしれない。  月城は表情を隠すように、手のひらで顔を覆った。 「君に近付きたい……君に触れたい……でも、嫌われたくない……怖い」  声が震えていた。  宇坂は月城を非難することも労わることもできず、まだジンジンと痛む手首を押えながらただ見つめていた。
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