第4章

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「お疲れ様です」  昼休みに入り、エレベーターホールでボタンを押して待っていると声を掛けられた。背後を振り向くと、そこに立っていたのは山口だった。今日は私服姿ではなく、紺色の制服の上に黒いカーディガンを着ていた。彼女は歯科衛生士かと思っていたが受付担当らしい。挨拶を返すと山口は笑顔で宇坂の隣に並び、共にエレベーターを待った。 「これからお昼ですか?」 「はい。山口さんも?」  問い返すと彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。 「名前、覚えてくださっていたんですね。嬉しいです」  彼女とのやり取りに既視感を覚えて、宇坂は黙り込んだ。今はその男のことを思い出すのは少し気まずい。  月城と最後に会った夜からまだ三日しか経っていなかった。月城が掴んだ右の手首は内出血を起こして未だに腫れていた。くっきり指の形にできた痣。紅かったそれは、段々と紫色に変色してきた。秋から冬へと季節が移ろい始め、長袖のお陰で人に見られる心配はないが、着替えや入浴のたびに憂鬱になる。  クリニックはまだ診療時間内の筈だった。この時間に山口が休憩に出ているのを疑問に感じて訊ねると、クリニックの休憩時間中でも電話対応や午後の診療の準備がある為、スタッフ同士でずらして休憩しているのだという。 「あの、宇坂さん。よろしければお昼ご一緒しませんか?」 「え……」  突然の誘いに宇坂は驚いて山口を凝視した。返事をせずにいると、見るみるうちに山口が不安げな表情になる。宇坂は反射的に口を開いた。 「いいですよ、俺でよければ」  途端に山口の顔がぱっと晴れた。
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