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伴侶
あなた、と呼ぶ声が、空気中に柔らかに混じる。重くなった瞼をゆっくりと開くと、郁恵の穏やかな瞳に彼女を見つめる私が映っていた。
節くれ立つ私の手に重ねられた彼女の手は、まるで綿毛を乗せられたように温かい。長年連れ添ってきた郁恵も、私ほどではないが歳をとったとその手を見て思う。
ふと、郁恵と交際をはじめる前の事を思い出した。
2人でドライブに出かけた時だ。
どこに行くわけでもなく、車内の空気を楽しんだ。途中に見えた看板。道の駅。散歩する犬が珍しい犬種だった事。郁恵は終始笑顔だった。
もう夕方だ。そろそろ彼女を家に送り届けよう。でも、まだ一緒に居たい。自分の理性と葛藤しながら思案していると、左手が温かいものに包まれた。
「……ほんの、少しだけ」
「ほんの少しだけ」の後に続く言葉が「そばに居たい」なのか「触れていたい」なのかは定かではないが、恥ずかしさの為に耳まで真っ赤に染めて俯く彼女にはこれが精一杯の大胆な行動なのだろう。
私よりも一回りも華奢な彼女の手は、手だけでなく私の胸の奥までも柔らかに包んだ。
自分の手をおもむろに郁恵の手の下から抜いて、彼女がしたように上から彼女の手を握りしめると、郁恵は更に真っ赤になって泣き顔のような笑顔を私に向けた。
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