379人が本棚に入れています
本棚に追加
こいつ、俺のこと、試した?
保は俯き、瞼を閉じると笑んだ。
「俺と夏川がどこで会ったか、聴いただろ?」
保の恐怖が伝わってくる。
「聴いた」
「そうか……」
「お前が自分の中のαと戦っていたこともな」
保の瞳が揺れ動く。
「あのさ、お前、俺に自分のこと信じろって言っていたけど、あれってさ、本当は保自身に言ったんじゃねぇの?」
もっと自分を信じろ、と俺は保の尻を叩いた。
「人に信じろって言っといて、保自身が自分を信じらんねぇとか、何様だって感じだからな」
「庸輔は、いつも、眩しいな」
「こそばゆいこと言うなよ」
「小さいときから、庸輔だけがくっきり見えていた。人はたくさんいるけど、俺にとっては庸輔が一番、鮮やかだった。だから、俺が俺じゃなくなりそうになったとき、頭の中で庸輔を探した」
保の表情がやわらかい。
俺の好きな顔だ。
保が息をつき、一度だけ頷いた。
「あいつらも前を向いてる。俺も後ろばかり見ていられないな……」
「まずは、ありがとうって言えるようになることだな」
「…………わかった。感情の整理をする」
じゃあ、またあとで、と保が講義室へ歩いて行く。
その背中に微笑みかけてやる。
俺だって同じだ。
泥だらけになって遊んだガキんとき、裏切られたと思った中学んとき、体も心も離れていたとき、就職して再会したとき、保の色だけがはっきりしていた。今だって。
俺、お前にずっと恋してんだな。
見本がなくても、俺にも恋ができた。きっと、お前も、お前の力で、過去と向き合えるさ。たとえ、前例がなかったとしても……。
最初のコメントを投稿しよう!