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父となる気持ち……、ナシェルの心はほんの僅かな歓喜と、押しつぶされそうに大きな後悔とで、張り裂けそうになる。その子の父親はあくまで冥王だ。自分はあくまで腹違いの兄として振舞わねばならぬだろう。生れてくる子、そして父をも騙し続けなければならないという、自責の念や不安。そうした感情が渦をまき、心中でのたうつのだった。
さて、今後どうするか……。
自問するも、自棄的な己がいつも居て、なるようになれと結論を出すのを拒んでいた。
憎らしい冥王への反発と挑戦と、もう後戻りはできぬとの想いから、彼はヴァニオンのいう「一時の遊戯」を頑なに続けているのだ。
「兄上?」
物憂げに歩くナシェルの姿を、見咎めて呼びかける者がある。それは露台に設けられた椅子から腰を上げ、もう一度ナシェルを呼んだ。
「兄上、お久しぶりでございます」
「……エベールか」
ナシェルを兄と呼ぶその人影は、冥王の第二王子エベール・サロニエル・ヴェルゼフォニアである。
ナシェルの異母弟にあたり、神と魔族・双方の血を引く半神半魔の王子だ。
彼はテラスのテーブルの向こうにひっそりと立ち、ナシェルのほうを見つめていた。
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