第一部 血獄 2 不吉な占い

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 もう少年の域を出て青年と呼ぶにふさわしい年齢だが、その表情はまだあどけない。巻き毛の黒髪は、女妖界の領主である母譲りであり、肩より少し長く、ゆったりと後ろで束ねている。少し潤んで黒々と輝いている瞳は、どきりと胸を突かれるほどに艶めいて見える。文句なく美青年であろう。しかしその美は妖艶な色香を漂わせた女性的なもので、ナシェルのような強い輝きとは無縁だ。 「兄上、どうなさったのです。お加減でも……?」 「いや、なんでもない」 「でも、そんなにも蒼い顔をなさって。どうかこちらへ来てお休みください」 とエベールは自分の傍らの椅子を手のひらで示した。王妃の部屋に忍んで行くところに出くわすとは、なんともまずい。 「いや、本当に何でもない」 「兄上、エベールのそばになど寄るのも穢らわしいとお思いなのですね。確かにぼくは妾腹の子ですが……ああ、でも父上だけでなく兄上までぼくをそんなふうに見ておられたなんて」 「エベール、そなたをそんな風に思ったことなど一度もない、本当だ」  ナシェルはため息を押し殺して露台に近づいた。エベールは顔を覆った両手の間から濡れた瞳でこちらを見た。 「では、口付けを許してくださいますか?」 「勿論だ」  ナシェルは椅子に腰掛け、異母弟がひざまづいて手の甲に接吻するのを許した。弟はうっとりと目を閉じ、兄の手を包むように押し戴いている。 「兄上、貴方は気高く勇ましく、そしてお優しい。後にも先にも、ただひとりのぼくの味方です」 「……エベール」 「この冥王宮の誰もが僕を軽んじます。いえ、全員ではありませんけど、そうでないものもきっと心の内では、僕のことを本当に陛下の子だろうかと疑っているに違いありません。この僕自身ですら、時々自信がなくなるのですから。だって僕は兄上と違って、ちっとも父上に似ていない。兄上のように強くもなければ、体も丈夫とはいえなくて……魔族としても失格です」 「そんなことはない、エベール。そなたは離れた所のものを視る、立派な力を持っているではないか」 「そう云ってくださるのは兄上だけです。他のものはみな、表向きは僕に仕えてくれているけれど、影ではどんな噂をしているやら……。僕はこの広い王宮の中で、一人きりなのです」
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