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エベールは黒い瞳を涙でぬらし、ナシェルを見上げる。落ち着かせようと肩に手を置けば、ますます彼の感情を高ぶらせ、とうとう彼はナシェルの膝に顔を伏せて嗚咽をもらしはじめた。
「兄上、どうかお帰りにならないでください。このままエベールの傍に……」
細い異母弟の肩が震え、揺れる黒髪の間から白い項が覗いた。男とも思えぬそのなまめかしさに、思わず兄は眼を逸らす。
しばらく異母兄弟はその姿勢を崩さずにいた。
ようやくナシェルが解放されたのは、エベールが泣きはらした顔を上げてからだった。彼は慌てて眼をふき、恥ずかしそうに頬を染めた。
「申し訳ありません、みっともないところをお見せして……。それにこんな所でお引止めしてしまって。継母上に会いにゆかれる所だったのでしょう?」
「構いはせぬ、別に大した用事があったわけでもない。ただの見舞いだ」
「でも、大切なお召し物が涙で汚れてしまいました」
「こんなもの、汚れたうちに入らぬ。汚いものではあるまい……それにすぐ乾く」
「……お優しいのですね、兄上」
まじまじと見つめられ、ナシェルは再び眼を逸らさずにはいられなくなる。この異母弟の妖艶さは、凶器としか思えない。どきりとしてから、自分は何を考えているのかと馬鹿馬鹿しく思う。
彼は不意に黒い長衣の懐から水晶玉を取り出した。
「兄上、お詫びに占いをして差し上げます。何の取り柄もないぼくですが、これに関しては素質があるらしく、よく当たるのです。お召し物が乾く間だけ、すこしご覧になりませんか」
「……占い?」
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