第一部 血獄 2 不吉な占い

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 エベールはそそくさと大理石の卓の上に小さな紫の布を広げ、その上に水晶玉を載せた。 「……そうだ、今度生れてくるのが弟か妹か、占ってみましょう」 「……なに?」 「セフィ様の子のことですよ。最近ぼくはそのことばかり考えています。腹違いとはいえ、兄になるのはどんな気分だろうと、それはもう待ち遠しくて。兄上はどうですか?」 「あ、ああ……そうだな」  ナシェルは生返事をした。突然セフィの腹の子が話題に上ったので、少なからず焦っていた。やめろと云いたいところだが、断るのも不自然すぎる。  そうこうしているうちに、エベールは占いの姿勢に入る。両手を水晶玉の上にかざして、何事か低く魔道の言葉を唱えるうち、水晶玉は淡い乳白色に輝き始める。  輝く水晶玉の中に、きらりと金色に光るものがある。  エベールはそれを確認し、ついで兄にもそれを見るよう勧めた。  ナシェルは眼を疑った。 「これは……継母上なのか?」  美しい一人の少女。  純白と呼ぶに相応しい肌。足元に届かんばかりの金髪はゆるやかに波打ち、金糸のヴェールのように少女の頬にかかっている。少しうつむいた顔、瑞々しい桃色の唇は何か云いたげに少し開かれ、白い歯がのぞいている。柔らかで細い手足。それを包むのは淡い菫色のドレスだった。  目も眩まんばかりの美少女が、水晶の中に映し出されていた。そしてそれはナシェルの愛するセファニア王妃に瓜二つだったのだ。 「違う……よく視てください。この子は継母上(ははうえ)の腹の子供……ぼくたちの妹です。兄上。ああ、何て美しいんだろう。この透き通るような肌の色。まるで陶器人形だ」 「これが……!?」  ナシェルは絶句した。これが吾が娘……?セフィの腹にいる子だというのか。  母親の形質を見事に受け継ぎ、少女の姿は非の打ち所なく天上界の神族そのものだった。ナシェルは自分の例から云って、天上神と冥界神の間の子は、冥界神の形質を受け継ぐものと思っていたので、 この少女の金色の髪には驚いた。金髪は天上界(アルカディア)の神族の証である。  しかし、致命的な欠陥がこの子にはあった。  ナシェルはそれを見た瞬間、全身の毛が逆立つのを覚えた。  瞳の色、である。 「……!」  蒼ざめたナシェルの表情を、エベールは察知したように訊ねた。 「兄上、どうかなさいましたか?」 「いや……」
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