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エベールの母親である女公爵は冥王の子に相応しい待遇を求めて彼を幼少時から王宮に送り込んだが、彼を待っていたのは父王の無関心と、家臣たちの心のこもらぬ視線だった。一応、女妖界の後ろ盾はあるものの、王宮における彼の地位は極めて脆弱なものだった。小さなころから味方といえば、身分の違いすぎる兄ナシェルのみだったのだ。
「長居をした。継母上に会わねばならぬゆえ、もう行くことにする」
「はい、お引止めして済みませんでした」
ナシェルは立ち去り際、もう一度振り返ってエベールを見た。回廊の向こうに佇むエベールは、何か物言いたげに心細げにナシェルを見つめていたが、やがて深く一礼すると、柱の向こうに消えた。
異母弟の様子に何か不可解なものを感じたが、ナシェルにはそんなことに気を配る余裕はなかった。彼のほうこそ、その場から一刻も早く立ち去りたかったのだ。
エベールは円柱に凭れて肩を震わせた。
「ふふ……可笑しい、兄上の……あのうろたえた顔! ちょっとからかってやるつもりだっただけなのに」
いつもながら、異母兄の前でしおらしく演技するのは疲れる。
おやさしい兄上。僕を見下したことなど一度もないだって?笑わせる。
いつも、僕を一番哀れみの視線で見るのはお前じゃないか。
今に見てろ。お前の大事なものを、全て奪って……壊してやる。
エベールは唇を歪ませて笑い、唾を吐き捨てた。
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