第一部 血獄 3 王妃

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 二神(ふたり)の関係は、ナシェルの一方的な押しかけだ。契ったのも、強引なやり方だった。女神セファニアは終始受け身であり、そうなるのも運命と半ば諦めていたかのようだった。抗わぬのはこの冥界に嫁がされた時と同様、それが彼女の生き方だからなのか。  セファニアはきっと、己を本当に愛しているわけではない。ナシェルにもそれは判っていた。しかし、そんなやり方以外、彼は想いを遂げる方法を知らなかったし、天上界の女神が、闇に属する自分などを少しでも心から愛するわけなどないと、最初から思い込んでもいた。そして何よりナシェルはそのころ、『間に父を挟む』という異様な三角関係に苛立ち、苦悩の原因を作った父王にどんな手段であれ復讐してみたいと思っていたのだ。だから、彼女を無理矢理に辱めた。そして一方的に溺れた…。  それゆえに彼女から「身籠った」と聞いたときは、戸惑いや罪悪感ばかりに苛まれたことは確かだ。喜びなどあるはずがない。  望んで生まれてくる子ではない。それでもセファニアは産むと云った。どうして……。 「継母上、その子を産むというご決断に、変わりはないのですか。ますます命を縮めることになります」  ナシェルがそういっていくら諭しても、セファニアの決断は変わらない。  彼女の儚げな翠色の瞳の奥には、強い決意が感じられた。 「ナシェル。よく聞いて頂戴。このお腹にいる子の生まれてくる意味を。  私の力は弱まってしまったけど、まだ命の女神としての神司(つかさ)を失ったわけではないわ。こんな体では、もう、ここでは長くは生きられないけど……生まれてくる子にはこの冥界の血も流れている。私は、私の司をすべてこのお腹の子に受け継がせるつもりなの」 「受け継がせるとは……どういう意味です。この子が命の女神となって……じゃあ貴女は」  セファニアは微かに、ゆっくりと首を振る。口に出さずとも、意味するところはひとつしかない。 「そんな……!」 「大丈夫よ、ナシェル……私はこのお腹に、私自身の生まれ変わりを身籠ったのよ。こんなことができるのも、この神司のおかげかしらね。  とにかく、貴方の冥界の血をも受け継いだことで、この子はきっと、冥界でも強く生きていけるようになる。私はそれに賭けて、生まれ変わるつもりなのよ」  異母弟エベールの水晶玉の中に映ったあの娘の姿……、確かに、セファニアに生き写しだった。
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