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行きがけに異母弟エベールと出会った露台には、もう人影は見えない。
セファニアは、生まれ変わると云った。
そのために、身篭ったのだろうか?
そのためだけに?
……愛の、証ではなく。
それ以上は、考えたくはなかった。
ナシェルは左右に首を振って、わだかまる想いを打ち払う。
もう、会えぬかも知れぬな……。
ぼんやりとそんなことを考えつつ歩むナシェルは、不意に前方からこちらに歩み寄ってくる足音を聞き、視線を上げた。
「……!」
一瞬、幻覚かと眼を疑った。
目映いばかりの宝石が散らばる、漆黒と濃紫のローブ。何枚も重ねたそれを煩わしげな様子もなく翻し、真っ直ぐにこちらを目指してくる、ひとりの長身の男。
ゆったりした足音に、微かな衣擦れの音が重なる。その人物の姿をはっきりと確認した瞬間、ナシェルは息を止めた。
思わず目を伏せ、そんな自分の態度を訝しく思われるのではないかという恐怖から、目を上げる。
「……陛、下」
うっすらと微笑を浮かべ、ナシェルにむかって両手を広げたそれは、ナシェルの今もっとも会いたくない相手であったのだ。
「吾が子よ……久しぶりであるな」
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