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冥王と己の奇妙な関係について、ナシェルはうまく説明する言葉を持たぬ。冥王は亡きティアーナを媒体として、分身たるナシェルをこの世に産ませた。有り余るおのれの神司を分け与える者として。その意味では父子、また本体と分身とも云える。
そして千年以上の刻を経、今ここにいる己は冥王の孤独を癒す糧としての道具に成り下がっている…。
冥王が己をそのように貶めたのだ。長い長い教育という名の調教の果てに。
小さかった己ははじめ、ただ冥王を思慕し、全てを受け入れていた。
だが今は違う。すでに成神となった己は彼の狂気に倦み、逃れようともがいている。
だがその一方で、彼を本当に打ち捨てることができるのかと問われれば、それは否だ。なぜなら……。
王が、耳元で囁く。
「どうした、もう抗わぬのか……」
ふふ、と苦笑しながら覗き込んでくる紅玉の瞳は、明らかにからかいを含んでいる。ナシェルは物足りなく感じたが、さっきまで嫌がっていた手前、やめてくれるなと云うのは屈辱的に思え、むっと唇を尖らせてそっぽを向いた。冥王は華やかな笑い声を上げた。
「そなたは判りやすい子だ、ナシェル」
「もう子供ではありませぬ」
「余の生きてきた年月に比べれば、大抵の者は歯も生えぬ子供であろうよ、そなたとて……そういえば幾つになるのであったかな」
「さあ……」
ナシェルは首を傾げる。セダルはナシェルの掴みどころのない答えに不満を感じたのか、優美な眉を顰めた。
並んで立つと双子のように瓜二つの二人である。唯一異なる所といえば、瞳の色だけだ。
冥王の紅玉の瞳。天上界の神族の中で異端とされ見放された、忌まわしい血色だ。
だがこれほどまでに深い、慈愛に満ちたうつくしい真紅を、ナシェルは他に知らぬ。
父は断じて、醜くなどない……。
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