第一部 血獄 2 不吉な占い

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第一部 血獄 2 不吉な占い

 暗黒界(エレボス)から冥界の都である冥府まで、死者の歩みと共に行けばゆうに1500日はかかろう。しかし、ナシェルの乗る黒天馬・幻嶺(セルシオン)は駿馬の中の駿馬であった。宙を疾駆し千里を一日で往く。  冥府の中心部、冥王セダルの宮殿を訪れたナシェルは、幻嶺の鞍上から背徳の魔都を眺め下ろす。  天を覆うは暗鬱なる黒雲。我が物顔に宙を横行するは怪鳥(ガーゴイル)の群れである。  相も変わらず死者の行列は芋虫のごとき速度で審判の間を目指しており、彼らの手足を縛する戒めからは軋んだ音が鳴り止まない。彼等は3年もかけて、冥界の最果てである三途の川(ステュクス)からこの宮殿を目指して歩いてくるのだ。  宮殿の最下層にある審判の間において、彼等は冥王セダルからそれぞれの生前の功罪に応じて審判を下される。  たいていの者は微罪を償い魂を浄化し、次なる生へ転生を果たすが、なかには大罪を犯したものもいる。そういう者は炎獄界(ヘレス)虚無界(フィエート)などで奴隷として苦役を強いられる。そのあまりの過酷さに耐え切れず消滅する魂もいる。  また奴隷としてさえ残す価値もないと冥王が断罪した魂は、冥界の最下層である奈落(ゲヘナ)行きの印璽を押され、即刻永久の闇に葬り去られるのだ。  魂が消滅すれば生まれ変わることはできない。魂の浄化以外の、冥界のもう一つの仕事がこれである。大罪を犯したものが再び地上界で悪事を働かぬよう、その魂を消滅させてしまうこと。奈落への切符は常に片道であり、その発行は冥王の御璽ひとつできまるのだった。  突然の訪問者が彼らの縄張りを侵しているのに怒り、怪鳥たちはギーギーと叫びを発して幻嶺(セルシオン)を取り囲む。無礼な包囲者たちに対し、死の神の愛馬は鼻を鳴らして応えた。 「卑しき魔獣ども」  唇に笑みさえ浮かべてナシェルは云い放つ。 「お前らがこの冥界の狭き空をその汚らしい瘴気で穢し続けていられるのは、誰の寛大さゆえだと思っている? この剣の一振りで、お前らなど絶滅させてしまうことができようものを」  その言葉を解したか、はたまた美貌の青年神の放つ冷気に怖気づいたのか、怪鳥たちは喚くのをやめて醜い顔を見合わせる。 「それとも種の絶滅もいとわずこの私に楯突こうというのか? その度胸だけは誉めてやる」
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