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第一部 血獄 3 王妃
女神セファニアの住む内殿は、森厳とした静寂に包まれていた。彼女が魔族の穢れた気を拒むので、冥王がほとんどの者の立ち入りを禁じたからだ。いまは僅か数人の、侍女たちのみが彼女に仕えている。
エベールの占いのことを考えながら、ナシェルは王妃の居室に向かっていた。
生まれてくる子が娘だということは、命を司る女神であるセファニア自身も話していた。だから恐らく、宿した命が女子であることは確かなのであろう。
しかし、あの瞳の色……。
自分が父親だと広言するかのような群青の瞳をしていた。あれはまずい。
いくら鷹揚な性格で一本抜けたところのある父王でも、さすがに気づくだろう。
ナシェルは慄然とした。その先を想像すると身の毛が弥立つ。冥王は嫉妬に狂うだろう。自分に対しても。セファニアに対しても。愛する者ふたりに同時に裏切られることになるのだ。その怒りは、どんなすさまじいものになるか、その先は想像もつかない。
なんとかしなくては……。ばれる前に、生まれてくる子を殺すか?いや……、そんなことはできない……。
それにそもそも、すべてはあれの束縛に嫌気が差してはじめたことなのだ。今さらばれたところで、何を恐れることがあろうか……。
そんなことを考えるうち、王妃の居室の前まで来る。彼は周りを飛び回る死の精たちに声をかけた。
「お前たち、しばらく離れておれ」
死の精たちは追い払われてムッとしたようだった。神に仕える精霊たちは、眠っているときでさえ主の傍を離れないものなのに、いつもナシェルはここで眷族たる死の精たちを追い払う。王妃が、ほんの少しの邪気でも弱ってしまうからだ。
扉を叩くと、向こう側から侍女の一人が扉を開け、ナシェルを見て眼を丸くした。
「殿下……!?」
静止を振り切って部屋の中に入る。突然の侵入者に数人いた侍女たちは抗議の声を上げようとしたが、ナシェルはかまわず人払いを命じる。侍女たちはおろおろと、天蓋の奥とナシェルを見比べ……、やがて諦めて一礼すると、部屋から出て行った。
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