新たなプロジェクト

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今回の案件は茨城県笠井市で行われる音楽祭のポスターのデザインだ。 デザイナーの私にとっては、それほど難しい仕事ではない。 それなのにかなり気合が入っているのは、会場である笠井市民芸術ホールが私の実家のすぐ近くだということもある。 笠井公園のすぐ脇に建つこのホールでは、有名な演歌歌手のコンサートから市立中学校の合唱コンクール、幼児のピアノの発表会まで多種多様な催しが開かれる。 私も小学校の芸術鑑賞教室で初めて訪れて以来、何度も足を運んでいるお馴染みの場所だ。 いわば故郷に錦を飾る機会を与えられたわけだけど、私が張り切っている理由はそれだけではない。 「芸術の秋ということで、開催日は10月の22日。市民なら誰でもエントリーできるし、ジャンルも不問。」 低めのいい声が狭い応接室に響く。 向かい合って座った智くんの前にはアイスミルクティー。そして、私の前には涼し気なグリーンティーの入ったグラスが置かれている。成瀬さんに感謝だ。 「ジャンルは不問、ですか?」 この部屋には智くんと私しかいないけど、仕事の打ち合わせだから一応、私はですます調。 「エントリーシートを見ると、詩吟もあればパンクロックもある。順位を付けるわけではないから、競い合うコンクールとは全然違う。音楽の祭典だよ。」 優しく微笑んだ智くんはまるで家にいる時みたいな話し方なので、かえってドキドキしてしまう。 夫婦になってから、こうやってまた一緒に仕事が出来るなんて思ってもみなかった。 前回、一緒に仕事をしたのは街コンのプロジェクト。 高校時代、交際していた私たちは9年ぶりに偶然再会して、プロジェクトのメンバーとして嫌でも顔を合わせなくてはならない状況に置かれたのだった。 あの再会から1年ちょっと。 すったもんだの挙句、2週間前に結婚して新婚旅行から帰って来たら、この仕事が待っていた。 穂村課長は『ダンナからのご指名だぞ』と呆れた顔をしていた。 後輩の香苗には『明石さん、愛されてますねえ』と肘でつつかれた。 ……はい。かーなーり愛されています。
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