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湯屋からからんからんと下駄を鳴らし、女が足早に長屋に戻っていく。 秋はもう終わりを迎え、気の早い夜の闇はもうすぐそこまで迫って来ている。 夕焼けはほんのり橙に辺りを照らし、女の影がやたら長くてほっそりとしていた。 長屋の木戸をくぐればいい匂いが辺りに立ち込めていた。 そこは厠が近いから常に少しだけ臭うのだが、今日はそれよりも味噌のかぐわしい香りが勝っていた。 匂いにつられて鼻を上げると、胸を押し上げるほど大きく息を吸いこんでうっとりとした顔つきになった。 これは鯉こく。 間違いない。 淡く上気した赤い頬が更に色を増して、上機嫌で長屋の障子戸を開けた。 「あんた、今日は早かったんじゃないかい?」 鍋の前でお玉を持ったまま女の亭主が顔を上げた。 「ああ、お菜の売れ行きがよくって、昼餉時には手が空いたもんで鯉を釣って来た」 女は亭主の言葉に顔を曇らせた。 「あんた、川へ行ったのかい?」 「ああ、日銭は稼いだし、おめぇは鯉が好きだろ」 ああ。と、女は空返事をしながら手にしていた手拭いに今気がついた様に手元を見てから、それをあちこち和紙(かみ)で修繕してある屏風にひょいと引っかけた。
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