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出来上がった鯉こくを亭主が二人分椀によそって運んできたので、膳を出し、夕餉とする。
湯気が上がる鯉こく。
茅色の味噌の汁の中に、ぶつ切りの鈍色になった鯉が浸かっている。
そして、味噌にうっすら染められた豆腐と青さを残す葱。
嬉々として箸とお椀を持ってその中を覗き込んだ女に亭主が言う。
「食う前に行灯つけろな。暗くてかなわん」
「あんた立ってるんだからやってちょうだいよ」
亭主は感情の籠らない目で女を一瞥してから、首を振ってかまどから火をとって来た。
亭主が屈みこみ行灯に火を入れると、魚油から立ち昇る生臭い臭いが狭い長屋の部屋を埋めた。
「ほらほら、明るくなったしあんたも座った座った。せっかくあんたの作ってくれた鯉こくが冷えちまうよ」
好物を前にして、どっしりと腰を据えたまま梃子でも動かぬ構えの女に、亭主は頷いて膳の前に胡坐をかいた。
行灯が灯す明かりに浮かび上がる二人。
申し合わせたように椀に口を付けて、濃い目に味をつけた汁をずずずっと吸い上げた。
※魚油……普通の油が高価だったため、庶民は安価な魚からとった油を使っていた。かなり臭ったと言われている
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