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「あんた聞いたかい? 庄吉さん所のおとくさん。子供が出来たってさぁ」 女は豆腐をそっと箸で掴み上げながら、亭主の顔をちらっと見た。 亭主の方は椀の中身を見ていて女が見ているのに気がついてはいない。 「ここの所、子供殺しが流行っているだろう? どうなんだろうね、心配じゃないのかね? つっても、出来たもんは産むんだろうけどさ」 男は女の話を聞いているのか居ないのか、黙々と箸を進めていく。 「怖いことだよねぇ。この前、死体が出たのは太刀川だって言うじゃないか。ここからだってみんな魚を捕りに行くだろう? やだやだ……。ああでも、今頃なら紅葉が綺麗だねぇ。常盤緑から蘭茶になって、んで紅葉色。今はもうすっかり紅葉色一色だ」 女はぱくりと豆腐を口に入れてからそれをもぐもぐと咀嚼しつつ、また無表情の亭主を見る。 元々口数は多い方ではないし、優しいけれど、笑ったりすることなどはどこかに置いてきちまったような亭主だった。 話しをするのはもっぱら女だと決まっていた。 そして今日も黙ったまま自ら作った鯉こくを食している。 幾分疲れた面持ちな気がしたけれど、何分行灯の(とき)、薄暗くってはっきり見ることは出来ない。 「あんた、川釣りに行くなら私も誘ってちょうだいよ。あんたと一緒に紅葉を見たいと思ってたんだ」 男はごくっと口の中のものを飲み込んで、口元が自然と緩み小さく口を開けた。 「そうかい」 ぼそりと短く返事を返した。
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