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腹が満たされて眠りに落ちた女房をひたすらに見下ろしていた。 膳は部屋の隅のお決まりのところに片付けられ、畳の上に敷かれた布団に横たわる恋女房。 水茶屋で見初め、熱心に通い詰めて手に入れた女房だった。 部屋はいつもよりずっと生臭かった。 男は正座をし、女の寝顔を飽きもせずにただひたすら眺めていた。 正座をした足の上に拳があり、その手の中には女房の使っている元々は赤だった唐紅の腰紐がしっかりと握られている。 じりじりと灯芯がささやかな音を立てていく。 いつもなら賑やかな長屋が今日に限っては静まり返っていた。 ゆらゆらと焔が隙間風を受けて揺らめく。 雨の日に葉から落ちる滴のように、等間隔の心地良い寝息。 美しい女房の面は、夫婦になって数年さすがにくたびれて来たけれどそれでも恋しいと言う気持ちに変わりなく、ゆっくりと息を吐くと静かに瞼を下ろして物思いにふける。 生臭いのだ。 目を閉じても、火を落としても。 鯉こくが臭いと言う輩もいるけれど、そんなのは比じゃないほど生臭い。 うっすら開いた瞼を数回瞬かせて、そして大きくため息を吐いた。 その後大きく開いた眼でしかと女房を見定めた。
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