私語と死後

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 私の目の前にあるのは、どうやらコンビニの様だ。  看板に目をやると「ハイトク」とある。  背徳とはコンビニらしからぬネーミングだなと思いながら、その下の小さな英字を見ると、 「HIGH-TALK」と記されている。  どちらにしてもセンスがない。    中に入るのを一瞬躊躇したが、迷ってる場合ではなかった。  そこが唯一の手掛かりなのだから。  自動ドアの前に立つと、ゆっくりとそれは開いた。  気が急いているせいか、半分も開かないうちに自身の体を突っ込んだ。  店内を見回すと、棚はあるのだが商品がない。店員の姿も見受けられない。  営業してないのかとも考えたが、店内は明るいし、掃除も行き届いているようだ。  棚の方に目をやると、何も無いと思われた棚にはなにやらぶら下がっている。  よくよく見ると、それは札だった。  その中の一枚に顔を近づけると『性別選択』と書いてあった。  更にその横の札を見ると『国籍変更』とある。 「なんだこれは…」独り言を呟きながら値札に目をやる。 『国籍変更』の札の上には『百日』とあった。  棚をざっと見渡すと、全てがそうだった。  百日だったり二百二十日だったりで、円表示でも、ましてやドル表示でもなく、『日』で表示されている。  しかし、そんな通貨単位は聞いたことがない。  いや、それ以前にここは日本のはずだ。 「いらっしゃいませ」  突然、レジカウンターの方から声がした。  いきなり声を掛けられた私は、少しだけ体が跳ねた。 「小鳥遊悠馬(たかなしゆうま)さん、で間違いないでしょうか」  その女性は続けてそう言った。  謎のコンビニ、突然現れた店員、そしてそいつは私の名を知っている。  二十代前半と思われるその女性とは面識がないというのに。  頭の中が混乱して言葉の出ない私に、彼女はこう言い放った。 「小鳥遊悠馬さん、あなたは9月1日、0時42分に55歳の人としての人生を閉じました」
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