side a  千晴

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タウン情報紙の記者になり、最近漸く一人前になってきたかなと思う。 先輩からも少しずつあの記事良かったと誉められることが増えてきた。 不定期連載の『あの時君は若かった』のコーナーは特に好評。 現在成功している著名人達に若気の至りを聞くこのコーナー。 次のゲストも紹介してもらうので、皆第一線で活躍する人たちばかりだ。 今日もその取材でこの大きなビルに来ている。 そこの26階が彼のオフィス。 国内だけでなく世界でも各賞を取っている建築デザイナーの佐渡晴輝。 気難しいことで有名だから気を付けろ、と先輩からの助言。 そんな言葉、聞かなければ良かった……。 私は今、とても緊張している。 応接室へと通され、暫し待つ。 やがて、がちゃりと重たい音を響かせて扉が開いた。 「すみませんね、お待たせして」 「いえ、今日はお忙しいところすみませんでした」 慌てて立って名刺を差し出す。 「うん、正直本当に忙しいからこの話しは断りたかったんだけどね、佐々木がどうしてもときかなくて。君、彼の息子の婚約者なんだって?」 そう。私は来月に三年付き合った彼と結婚をする。 その彼の父が偶然にも前回のゲスト。で、目の前に座る気難し屋の建築デザイナーを紹介してくれたのだ。 「じゃあ、ここからはご自由にお聞かせください」 ボイスレコーダーのスイッチを入れて、彼の方に向けた。 これで聞く準備はバッチリ。 「うぅん、何から話せば……。そうだなあ」 昔を懐かしむようにゆっくりと話始めた。誰かを慈しむような、その表情がとても優しいとそう思った。 私の父も、生きていたらこの位の年齢だろうか。 まだ私がお腹にいる時に亡くなったと母から聞かされていた。 父の写真はたったの一枚。 机に向かっていた彼が不意に顔を上げた瞬間の笑顔だろうか。 その笑顔は、とても幸せに満ちていた。 病に侵されて早くにこの世を去った父は、多分未練たっぷりだった事だろう。 美しい妻と、まだ見ることもない我が子を残して……。 母は未だに父のことを愛している。 だから、父の話をするときの表情はとても優しい。 美しい母なら、私という連れ子がいても引く手数多だったに違いない。 それでも今も独身を貫いているのは、父への愛が今も変わらない証拠だと、私は思う。
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