side c  千明

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彼の活躍は、時折テレビや新聞でも取り上げられ、元気でいることを知らせてくれる。 娘にはずっと、父親はあなたがお腹にいるときに病気で亡くなったと伝えていた。 先日の前撮りで花嫁衣装に身を包んだ彼女を見て、彼は本当にもったいないことをしたと思った。 かわいい我が子の存在も知らせていない。 きっと、その存在を一生知ることなくいずれはこの世を去っていく。 「……馬鹿みたい」 不意に口に出た言葉は誰に向けたものなのか。 漸く仕事で成功し始めたあの頃、彼は私を何度も裏切り傷付けた。 耐えきれずに家を出てから知った。 彼の子を妊娠していることを。 女手一つで子どもを育てるのは並大抵なことではなかった。 それでも、彼に助けを求めることだけは絶対にしたくはなかった。 いつか、彼女が偶然にでも彼の目の前に立つ機会があったとしても決して恥ずかしくないように厳しく育てた。 まあ、彼の前に立つだなんてそんな事絶対にあり得ないのだろうけれど。 時々思う。 彼女は父親を欲しかっただろうか。 自分のエゴで、その存在を未だに隠している私を彼女は恨むだろうかと。 「お母さん?」 ある日仕事から帰ってきた娘が神妙な顔付きで言ってきた。 「何よ、怖い顔しちゃって」 笑って答えたが、それでも彼女はその表情を崩さなかった。 「もしも、もしも、よ?もし、私のお父さんが生き返って結婚式に出てくれたら……嬉しい?」 その時どうして気がつかなかったのだろう。 彼女の中で死んだはずの父親が、なぜ生き返る何て発想に繋がったのかを……。 「そうねぇ、この間の花嫁姿とても素敵だったから、早くに死んじゃってもったいなかったわねとは思ったわ」 「……そう。あのっ……ねえ、また会いたいとか思う?今でも好き?」 「まあ、来世でも会ったら結婚しても良いかもね」 幼い頃のような、娘のもしも話に付き合いながらお茶を啜った。 もう少しで、彼女もこの家を出ていく。 こんな会話もたまにしかできなくなる。 これからは私一人で暮らすのかと、少しだけセンチメンタルになった夜だった。
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