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 調理場と家事室の前を通り過ぎて、玄関ホールを兼ねた大広間へと向かう。広間の壁や棚の上には異国の調度品が飾られており、先に仕事についた女中達がそれらを丁寧に手入れしていた。  二階にあがると、ステイシーは真っ直ぐに伯爵の書斎に向かい、部屋のなかを確認して扉に鍵を掛けた。 「旦那様は今、ご不在なのですか?」 「この時期は議会に出席なさるため街に出かけられるので、旦那様がお屋敷に戻られることは滅多にございません。お屋敷で暮らすのも、当分のあいだは奥様と私達使用人だけです」 「お子様は……」  クレアが口を開いた矢先、ステイシーが振り返り、黙って首を振った。アディントン伯爵夫妻には子供がいないことを察して、クレアは口を噤んだ。  アディントン伯爵のお屋敷は、古びているけれど、とても大きなお屋敷だった。伯爵夫妻には子供がいないことを踏まえると、伯爵が不在がちな春夏のあいだ、夫人はこの広い屋敷でひとりきりで暮らしていることになる。一見裕福で恵まれているように見えはしても、その暮らしはとても寂しいものなのかもしれない。  優雅に笑う美しい伯爵夫人のことを、クレアはほんの少し可哀想だと思った。
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