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親身になって愚痴をこぼす友人に、クレアはちからなく笑ってみせる。ふたりは並んでベンチに腰掛けたまま、しばらくのあいだ自転車や馬車が行き交う通りをぼんやりと眺めていた。
「そういえば靴屋のデイジーを覚えてる? あのこ、奉公先で旦那様のお手付きになって解雇されたんですって」
クレアが世話になっている叔父の家にそろそろ戻ろうかと考えたとき、わずかに声をひそめてエレンが口を開いた。
デイジーとはさほど親しいあいだ柄ではなかったけれど、解雇の理由が理由だったこともあり、クレアは固唾をのんでエレンの話に聞き入った。
「当然、奥様は半狂乱で彼女を責めたらしいんだけど、彼女、旦那様の子を妊娠してたみたいで。私たちは真剣に愛し合っていた、って錯乱状態で、大変だったみたいよ」
「そう……、可哀想に」
互いに顔を見合わせて、深い溜め息をつく。
クレアにとって、その話は全くの他人事ではなかった。
五年近く真面目に働いてきたというのに、あの屋敷でクレアを守ってくれる人はひとりもいなかった。
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