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「榊さん、おつかれさまー」
「お疲れ」
同僚が席を立っていく中、俺は今日中に仕事をもう一つ終わらせてしまおうと、一人キーボードに指を走らせていた。
季節は春。
外では暖かな風が吹き、道行く人々は口々に「春だね」と喜んでいる。
でも俺にとっては、春なんてただ鬱陶しいだけ。衣替えが必要になる面倒な季節としか思えない。審美眼というものが無いからだろうか。
欲しいとも思わないけれど。
「よし。終わり…と」
この会社に入ってから数年。最初の頃は、それなりにやる気もあった。巷で「おもしろい」とか「やりがいがある」とか評されていた「仕事」に期待を抱いていたからだ。
でも、結局は期待外れだった。どんな「仕事」も、俺のやる気を呼び起こすまでには至らず、それに見切りをつけてからは、ただ淡々とこなしていく毎日。
それでも気付くと、それなりの役職についている。同僚の中には羨望の眼差しで俺を見る者が少なくない。きっと男として、今の俺の生活は上等なものなんだろう。…それなのに、なぜだろうか。
そんな人生にさえ、執着が持てなかった。
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