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「俺は笹井良太。榊さんに頼まれて、届け物を持ってきただけだ」
少年は動きを止めたまま俺を見ていたが、しばらくしてゆっくりと近づいてきた。
「それは…手紙ですか?」
「よく分かるな」
内ポケットから白い封筒を取り出す。
「真澄さんが、これを…俺に」
少年は、震える細い指で受け取った。
薄暗い部屋の中で、少年の白い肌は透き通っているように見えた。
「真澄さんは……もう、帰ってこないんですね」
ガラスのテーブルの上で、氷が溶けてグラデーションになったブランデーが、廊下から差し込む光にあたって煌めいている。
「そうだな」
俺は、静かにその少年の問いを肯定した。
――――それから少年は泣き出す。その手紙を読まずに。
俺は、何も言わずに少年の後ろ姿を見ていた。この寒い部屋で、震える蒼白い肌を庇うこともなく、少年は泣き続けていた。
エアコンをつけようとした俺を、少年は制止した。
「やめてください。…嫌いなんです」
少年は、卵でも抱くかのようにブランデーの入ったグラスを持ち上げた。
昨夜のことを思い出す。
夜景を臨みながら、俺と先輩はブランデーを傾けた。憧れだった人を前にした時の高揚感が、ゆらりと胸に浮かんでいた。
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