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春の温かな闇の中。俺はバイクの上に座って、ある人を待っていた。
「一成さんっ!」
「あぁ~またうるさい生徒がこんな所に居るなー」
ビルの裏に置かれている松本一成のバイクの上は、俺だけの特等席である。
「川村、早く降りなさい。これは先生のバイクなんだよ」
「自分のこと『先生』とか言うなよ。塾の外じゃ生徒も先生もないだろ!」
「はいはいはーい…っと」
一成さんは軽く俺の言葉を聞き流すと、バイクにしがみついていた俺を軽々と引きはがした。
「お前、友達と何かゲームでもやってるのか? 最近やけに俺につきまとってきてるけど。オヤジ狩りなんて古いぞー」
「そんなんじゃないし!」
「じゃあ何で」
「か、一成さんがあんまり俺と遊んでくれないからだろ!」
苦し紛れに言葉を続けたつもりが、案外本音に近くて、言いながら自分で驚いた。
一成さんはそれを聞くと、いきなり面白そうに笑い出した。あまりにも長く笑い続けるので、思わずムッとする。
「いつまで笑ってんだよ!」
「あはははっ…ハァー。子供は元気でいいな。じゃぁ、また明日。宿題きちんとやって来いよ」
「…やってこねぇよ。そんなモン」
「それは困るなぁ」
そんな言葉と優しげな笑顔を残して、その人の後ろ姿は、あっという間に春の闇に消えた。
「何だよ」
バイクでさっさと帰っちゃうなんて反則だ。自分だってまだ学生のくせして大人ぶったりしてさ。
『じゃあ何で』
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