1話:ノスタルジー

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 その日はいつもより早く仕事が終わり、まだ日が沈む前に会社を出た。坂下部長の息子が高校受験に合格したらしく、珍しく一日上機嫌だったおかげで僕は今滅多に見られない大きな夕日を眺めることができている。歩道橋の上で立ち止まって夕日を眺めるなんて行為をする社会人もなかなか珍しいと思うが。階段を降り駅へ向かう道を歩き出そうとした時、ふと、夕日のせいもあって一層赤みを帯びた看板の喫茶店が目に入った。  懐かしい、と無意識に思った。再び立ち止まりそうになったがガラス越しに50代くらいのお客と目が合い、少し不自然な動きになりながらいつもの帰路へと戻ることにした。あの二人はまだ元気にしているのだろうか。僕がいなくなって寂しがっていないだろうか。オムライスの味は変わっていないだろうか。食べたい。あのオムライスが食べたい。そんなことを考えながら、僕はまだ扉の開いたままの電車から飛び降りてちょうど反対のホームに到着した行き先が逆の電車に乗り込んだ。  夕日も半分以上沈み、空はとっくに夜の色へとじわじわ変わっている。その景色をぼんやりと視界に入れながら心地いい揺れと眠気が襲ってきて気付けばあたりはすでに暗い。  おっと、もう次の駅だ。
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