花嫁は焔《ほのお》の護《まも》り姫

17/50
前へ
/309ページ
次へ
「お前には予備を渡してあるはず。それで間に合わせておけ」  冷ややかな主の眼差しに、男の顔からサッと血の気が引く。 「それは……その、失くしてしまって」  蚊の鳴くような細い声を絞り出すと、主はそれに背を向けて窓辺に立った。  窓から見える今夜の月は、痛いほど青く美しい。 「もう良い」 「……はい?」  聞き返した男の目に映ったのは、月光を浴びて青白く浮かび上がる主の横顔。 「もう良い、……楽にしてやろう」  その瞬間、主の背中から大きな黒い人獣が踊り出た。男は声を上げる間もなく喉笛を噛み砕かれ、目を見開いたまま床に崩れる。 『お前はあれを、夜の女に勝手に飲ませた。残念だがあれはただの媚薬じゃない、オレ達に従うよう調合された魔霊薬。誘淫効果はお前へのサービスだった。その女はとうにここへ通って来て、お前の代わりをしているよ……』  そう言ったのは、すでに息のない男をクチャクチャと食い漁る人獣の方だ。 「もういいだろう。やめておけ」  主は自分の聖護獣に背を向け、窓に向かいながらも目を閉じていた。 『もったいないじゃないか。それにこんな半端な死体どうするんだ。処理してくれるのか』 「断る。そんなもの見たくもない」 『ふん、お前はいつもそればかりだ』  黒い聖護獣は獲物の存在を余すところなく飲み込み、床に広がった血さえも綺麗に舐めまわした後、主の体に戻った。  静かに閉じていた目を開け、主は熱く昂ぶる自分の体を確かめる。 「ああ……この程度の者でも、取り込めば力は増すのか。これがあの火猿アトラとその宿主(マスタ)ならどれほどのものか……! もっと、もっと力が欲しい。さすればきっと……」  込み上げる悲願への渇望に耐え兼ねて、主は再び目頭を押さえた。
/309ページ

最初のコメントを投稿しよう!

692人が本棚に入れています
本棚に追加