第1章

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 柔らかく、低い声で言われる言葉。  それはいま傷ついてボロボロの心には沁みるもので、一瞬でも『そうかもしれない』と思ってしまう。 「アンタが俺と付き合ってくれるわけ?」 「そうさなぁ、ヒロユキ野郎がよければ、の話だけんど」  頬に流れている涙を優しい手が拭ってくれる。 (あぁ、その手に縋れたらどんなに楽なんだろう)  人を突き飛ばして出て行く人間よりも、こうやって包み込んでくれる大人の方が絶対にいい。  けれど――― 「それでも俺はさ、トオルが好きなんだよ」  あの性格の悪くて、汚い奴が好きなんだよ。  報われない恋。それでもずっと彼を見てた。  それは、ビー玉のように透き通っていて、氷みたいなのに溶けることのないもの。  カラン、コロン、カラカラと音を立てて、その瓶の中に閉じこもっているもの。  ずっとずっと、好きだったんだ。 「トオル・・・」  好きだ。  好きだ。  大好きだ。  たとえ好きな相手がいようとも、その気持ちは変わらない。  何があったとしても、この気持ちは変わらないのだ。 「トウジ先生・・・」 「ん?」 「ありがと」 「・・・あいよ」  お礼を言うと、カツンカツンと足音を立てて部室から出て行く。 (ほんと、いい先生だよなぁ)  ヒロユキはそんなことを思いながら、出て行ったトウジ先生の足音が消えるまで涙を流し、そして独りになったところで「うしっ」と起き上がり、涙を拭う。 「今は授業中だから・・・行くのは姉さん家かな」  今トオルを追い駆けてどうするのか。何を言えばいいのかも分からない。でもきっと、今トオルは色々なことを後悔してると思うから。 (そういやアイツ、最近泣かないから忘れてたけど)  案外、泣き虫だったりもするから。追い駆けてやらないといけない。  ヒロユキは鞄もそのままに玄関まで走り、外靴に履き替えようとすると。 「あ?」  そこにはルーズリーフの紙、一枚が置いてあった。  なんだこれ、と手に取ってみれば。 『逃げ出して、ごめん』 「バカな奴」  気にして手紙置いてくようなことするくらいなら部室に戻って来いっつーんだよ。  ヒロユキはそれをクシャリと握り、走り出す。 「まずは、あそこで逃げ出す弱っちい神経を鍛え直してやんないとな」  そう苦笑しながら彼の好きな人の家へと向かったのだが。  簡潔に言うと、会えなかった。
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