第1章

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 家には誰もいなくて、実家にも、駄菓子屋にも、どこにもいなかった。  それはそうだ。  その時トオルは―――― 「もしもし?母さん、いま俺いそがし、」 『バカ!なんで学校いないのよ!トオル君が大変って時に!!』  そう。 その時トオルは、川で流されていたのだから。 「まさか川に落ちてたなんて誰が思うかよ」  ヒロユキは目の前で眠ったままのトオルに溜息をつく。 「あんなことがあった後だから警察は自殺だって言うし、けどスズネさんとご両親は事故だって言い張るし」  どっちが本当なんだろうな。 「でもさ、トオル。俺さ、スズネさんから聞いちゃったんだ」  ずっとトオルを見ていた視線を、ラムネを置いた棚へと移す。そこにはラムネの他にボロボロになった一枚の絵が置いてあった。それは『トオル』『ヒロユキ』と名前が書かれた、二人が並んだ絵であり、小学生低学年くらいに描かれたのだろうと分かるくらいの画力だ。 「現場検証の時に、スズネさんがこれを見つけたんだ」 『本当は警察に渡さないといけないんだと思うけど』  そう言って差し出された絵。 『これ、ずっとトオル大切に持っていて―――』  ―――もしかしたら、これを川に落としちゃって拾おうとしたんじゃないかしら。 「こんな古くて下手なやつ、なに後生大事に持ってんだよ」  描いた俺でさえいつ描いたか憶えてねぇよ。  口元は弧を描いているけれど、笑っていないことは目を見たら分かるだろう。 「しかもさ、高校に上がる頃から、スズネさんとは近親相姦の縁を切ってたんだって?」 もう身体を繋げることもしなくなってて、そんでもって、スズネさんにはもう結婚前提の彼氏もいて。 「んで、俺と喧嘩した前日に、スズネさんに『トオルはヒロちゃんが好きなんだ』って言われたんだって?」  だから、あんなに動揺したのかよ。 「ホント、バカだよな」    ぽろり、と落ちる。 「しかもスズネさんとは、キスだけはしてなかったんだって?」 キスをするようになったのは高校に上がってからなのは、そういうわけかよ。 「ただ、お前が俺のことが好きだって、認められなかっただけじゃねぇかよ」  ぽろり、ぽろりと、零れ落ちる。 「ほんと、逃げ出しただけでよ」  一年だぜ?一年まるっと逃げてるんだぜ? 「もういい加減っ、」 起きろよ、トオル。 「おきろよ!」  ヒロユキは唇を噛み締め、涙を零す。
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