第1章

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 ニッコリと微笑みながら言ってくる彼は名前とは違う人間で、性格の悪い奴だった。 「少しは気にしろ」 「気にしてたら世界が縮まるよー?」 「別にいいだろ」 「えー、絵を描いてる人間がそんなことを言うもんじゃないよ」 「世界が広くったって、お前は描くの下手なくせに」  脚で尻を蹴れば、うるさいよ、と笑いながらトオルは学生鞄で返してくる。  ヒロユキとトオル。  二人は美術部だった。美術部と言っても、同好会みたいな感じで、絵を描きたい人は描いて、遊びたい人は遊ぶ。そんな気の抜けた部だった。  二人が絵を描くようになったのは、たまたまだ。  お絵かきをして遊んでいたら、そのまま嵌ってしまったようなもの。けれど実力には差が出た。  トオルは誰もが気に入るような絵を描くことが出来るけれど、コンクールとかには合わない技術。  ヒロユキは誰もが気に入るわけではないけれど、人を圧倒するような絵を描くことができ、コンクールに出せば、賞を貰える実力があった。  それでも、部活に真剣に取り組むのはたまにであった。  部には顔を出す。しかし皆と同じものを描くわけではなく、絵の具や筆が置いてある部室を占領して、ヒロユキがトオルを描く、ということをいつもしていた。  出るコンクールは大きめなものだけで、作品を出すのはヒロユキだけ。それでも賞が貰えるのだから、誰も文句が言えないのだ。  時折、藤原トウジという顧問の先生が顔を出すけれど、彼も特に何かを指摘することはなかった。でもヒロユキはこのトウジ先生が嫌いではなく、トオルが何かで部室に来るのが遅れた時や、一人の時の話し相手にはしていた―――それをトオルが知っているかは知らないけれど。 「で、ヒロちゃん」 「だからヒロちゃん言うな」 「今日も部室でオケですか?」 「・・・お前が帰りたいなら帰るけど」  ホームルームが終り、廊下を歩く二人。その足は部室の方へと進んでいるけれど、ヒロユキは敢えてそれを聞く。 「今日、姉さんの帰りが遅いんだよねぇ。だから帰るのは実家の方」 「・・・・」 「だから遅くまで部活してて大丈夫だよ」 「それは、部室への誘いですか?それとも俺への嫌味ですか?」 「ん?どっちも」  またニッコリと微笑むトオルに、ヒロユキは隠すことなく大きく溜息をついた。  トオルには5つ歳上の姉、スズネがいる。  スズネはもう社会人で、家もアパートを借りて独り暮らし。
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