第1章

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 口元に弧を描いた状態で黙るトオルを睨むように見つめ、けれど諦めるようにスケッチブックに鉛筆を走らせる。  隣りの部屋―美術部の教室からは部活が始まるような声が聞こえるが、こもっていて何を話しているか分からない。けれどこちらには関係のないことだ。 「・・・・」 「・・・・」  互いに沈黙のまま、鉛筆が鳴らす音だけが響き、ヒロユキにとって心地のいい空間と化す。  彼自身が言っていたように、トオルは容姿が良い。骨格も綺麗だ。描いていて楽しい。モデルを彼以外に頼まないのはそれもあるのだが――― 「ねぇ、ヒロユキ」 「・・・まだ30分経ってねぇぞ」 「キスしたい」 ―――本当の理由はこれだ。 「・・・・」 「・・・・」  意味もなくヒロユキは大きく息を吸う。  出てくる唾を飲み込むのさえ緊張する。 「ヒロユキ」 「・・・描き終ってからだ」 「今がいい」 「・・・・」 「さっき言っただろ?お前の独占欲の塊をぶつけているような視線を全身で浴びるんだ。それなのに何にもされないなんて、どんだけ厳しい〝おあずけ〟だよ」 「・・・じゃぁ、」  ヒロユキは、窓枠に鉛筆とスケッチブックを置いて言う。 「キスだけだぞ」 「やった」  胡坐を掻いたまま、指先をちょいちょい、と動かし、こちらを誘う。 (こっちの気も知らねぇくせに)  だがまるで甘い蜜に誘われる蝶の如く、一歩一歩、ゆらゆらと近づいて行くヒロユキ。そしてトオルの前でしゃがみ、相手の頬を撫でて、唇を重ねた。 「ん、んン、」  食むような口付けから、相手を喰べるような口付けとなり、最後は舌を絡ませ奪い合うかのような口付けに変わる。 「は、ン、っ」  互いの顎には唾液が零れ、部室の床に透明の滴が出来上がる。それでもやめることはない。  トオルの腕はいつの間にかヒロユキの首に巻きついた状態で、ヒロユキの手もトオルの腰辺りに触れている状態だ。  そのままコトに進みそうな様子であるが、急に、まるで読んでいた本をパタンと閉じられたかのようにヒロユキは唐突に口付けを解いた。もちろん、腰辺りに触れていた手も離す。 「あ、れ?」 「これ以上は、おあずけだ」 「はぁ?!」 「キスだけだっつったろ?」  ヒロユキは床に出来た透明な水たまりを腕で適当に拭い、窓の方へと戻って行く。 「ちょ、ヒロユキ!」 「さっさと描き終らすから」 「ンなの後でいいじゃん!だから先にさ!」
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