裏切りと優しさ

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 有名進学校に通う大病院の御曹司の美少年が、レイプされて殺害された――なんていかにもゲスなマスコミが好みそうだ。香たち捜査本部が公表しなくても、彼らはどこかから嗅ぎつけてきて、その中の一人が香を問い詰めた。 「穂積管理官、被害者が殺害前にレイプされてたっていうのは本当ですか? 事件は同性愛のもつれなんでしょうか?」  今日一番しつこかったのは、ある週刊誌の女性記者だった。  香は署に入る直前に彼女を振り返った。その女性記者は知らない相手じゃない。一年ほど前、香は彼女の逮捕に立ち会っている。  川辺絵理(かわべえり)、というその女性記者は、一年近く前に軽微な詐欺罪で指名手配された。彼女はもともと便利屋という名の怪しい探偵稼業を生業としており、その仕事が詐欺まがいのいかがわしい商売だった。  香は手配中の彼女に、とある場所で偶然遭遇し、たまたま逮捕に立ち会った。しかし彼女は証拠不十分で起訴されず、保釈された後は探偵業を廃業し、週刊誌記者に転職したのだった。  その方が賢明だと香も思う。彼女はかなり目立つ美人だ。こんなに目立つ女では、探偵として成り立たないだろう。すぐに顔を覚えられてしまう。  それが記者なら、しかも警察担当ならうってつけだ。刑事は男が多く、男は美人に甘い。  だが、香にはその手は通用しない。 「なにか進展があれば、記者会見を開きます。こんなところにいても、誰もなにも喋りませんよ」     
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