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香は男が好きだと告白したのに、井上自身をどう思っているかは、訊いてくれなかった。
香は確信していた。井上は、鈍いようで鋭い男だから、きっとわざと訊かなかったのだろう。
小さくなっていく井上の背中を見つめ、切なさに押し潰されそうだった。
凍りついた心が、今になって動き出し、感情が溢れ出す。
香は井上に訊かれたら、きっとこう答えていただろう――。
「俺も、あなたが好きでした。あのキスからずっと……」
今も――。
香の告白は、誰にも――井上にも届かず、宙ぶらりんのまま、どこかへ消えていった。
あまりに短く、儚い恋だった。
―終―
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