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「結婚して一年足らずで、小宮は未亡人か。あの歳でフリーで金持ちで美人と来たら、引く手数多だろうなあ」
俺も同僚たちも、内心では小宮加奈子のことが好きだった。
この会社の男はほぼ全員独身で、絶世の美女である小宮のことを皆が気に留めていただろう。若くて可愛い女性に近付く機会の無かった俺たちは、当初、いかに彼女に気に入られるかを競っているかのようだった。
しかし彼女が結婚してから、彼女への風当たりは変わった。
いつも優しく誰にでもニコニコしていた彼女は、実は金目当てで老人と結婚するような女だった……それはまさに掌返しで、多くの男性社員が彼女に冷たく接するようになった。
俺も内心似たようなものだったが、少し違うのは、夫が死んだらまた小宮を狙おうと考えていたところだ。
「……フリー?」
坂口が、足を止める。振り返ると、坂口は無表情にこちらを見つめていた。
そして鼻で笑う。
「何それ。加奈子の何を知ってるって言うんですか」
坂口の目は、冷たかった。
俺はその言い方に少し引っかかり、言い返す。
「……そっちこそ」
坂口は何かを知っているのか。知っているとしたら、何を。
不意にモヤモヤとした感情が芽生えてくる。
「やっぱりクソですね」
坂口はさらりと言うと、角を曲がり帰っていった。
……なんなんだ。坂口は、何を知っているというのか。
いや、違う。俺は知っている。
知っているのは、俺の方だ。
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