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始まり-1
長い夜。
冷たい空気の中で針のように細い月が2つ天に弧を描いている。輝く星々たち。俺は少し窓を開けて片手をその枠に置き、片手に開いた本を載せ、その星々の瞬きを見つめていた。
夜の空から漂ってくる静けさに身を浸そうと、俺は目を閉じた。明日の狩りの資料をまとめなければ。けれど今はその気分にはなれない。
「ノアぁ! 腹、減ったぁ!」
そう。この、俺の後方でさっきからむずかるように空腹を訴えている男。彼のせいで俺の頭は今とっ散らかってしまっている。
「何べんも言わせるな! 俺のベッドから降りろよ、そっちにソファがあるだろ!」
ガタイがデカいせいでつい買ってしまったキングサイズのベッド。それは俺が狩りで疲れた体をゆったりと休ませるためにある。けど、今そこにころころと寝っ転がっているのは、腹をすかせた一人の男だ。
「こんなに腹が減っちゃソファまで行けない」
「転がる力はあるんだろ? ならどけよ」
「無理ぃ。兄ちゃんは食事したいーー」
「その辺の土でも食って来れば?」
「だめ。まずいんだ、ここらの土って。俺には上質の黒土じゃないと」
(食ったんかい!)
「20キロ先に牧場があるだろ」
「牧場?」
「牛がいる 」
「勘弁!」
悲壮な顔になる。
「遠いし。第一、あれはよっぽど飢えてないと」
「じゃ、今はたいして飢えちゃいないってことだろ?」
「立てないくらいには腹が減ってる」
「この辺にヴァンパイアはいないよ」
「だからあ、ノア、兄ちゃんに愛の手を!」
「手じゃなくて、血だろ?」
にまっと笑う赤い唇。
彼の名はシャル。正体は、ダンピールだ。
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