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始まり-3
ある夜、ドアがドンドンッ! と荒っぽく叩かれた。俺は素早くベッドの下に潜ませている銃を掴んだ。そう間を置かずに、また ドンドンッ! ドンドンッ! と繰り返される。とてもじゃないが、ノックとは程遠い音。
「誰だ?」
答えはまた、ドアを叩く音だ。俺が銃から離した左手でドアを開けるのと、どっかの男がドアを蹴破ったのはほぼ同時だった。
「悪い、ドア壊しちまったな」
悪いと思っているようには聞こえない陽気な声。
呆気に取られている俺をドアのそばに置いたまま、その声の主はずんずんと部屋に入っていきドサッと荷物を床に落とした。
「お! デカいベッド! 俺、右っ側に寝ていいか?」
答えも待たずにベッドの右側に寝転がる。
「お前、誰だ?」
「俺? 母ちゃんに聞いてないか?」
「何を?」
彼の顔は笑顔でいっぱいになった。
「俺はお前の兄ちゃんだ。 会いたかったぞ、弟よ」
(兄?)
俺は一人っ子だ、兄なぞいない。
「出て行け! 俺はお前なんか知らない!」
「冷てぇな。こんな夜更けに兄ちゃんに出て行けってか? ホントに俺のこと知らねぇの? それとも忘れちまった? ……無理ないか、小っちゃかったもんな、お前」
銃を右手に構えたまま、俺は記憶を総ざらいした。無い。兄に関する情報など一片たりとも無い。
「忘れるも何も、俺に兄などいない。何が目的だ!」
「スキンシップ」
いつ動いたのか分からないほど素早く彼は目の前に立っていた。そして、あろうことか俺の体に抱きついた。
「思い出せよ、俺のこと。母ちゃん、死んじまったんだろ? 死ぬ間際に何か言ってなかったか?」
抱きつかれたまま、また記憶を辿る。小さな喘ぎの中、病の床から漏らした言葉。
――お前に言ってなかったことがあるの お前にはにい……
あれが最期の言葉だった。
(にい…… まさか……)
母さんはこの素っ頓狂な男のことを伝えようとしていたのだろうか?
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