たったひとつの(カッコ・カッコトジ)やりかた

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 手が震える。息が苦しい。  そんな俺を、初めてあわれみにも似た調子で『それ』はつけたすのだ。 「まったく人間というのは変わっている。あるいは怖いものしらずか。永遠の命など、重荷にしかならないだろうに。お前たちのいう十字架か。苦行か。それともマゾヒズムとやらか。・・・まあ、それでも翻意はしないのだろうな? 好き好んでの、ことなのだから」  翻意だと? この期に及んで誰がするものかよ。誰が!  あかい眼が、凝視するなか。俺は自分の名前の最後の線を書き終える・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  ・・・・・・なんということだ!  なんということだ!  やられた。まさか。こんな!  署名を書き終えた瞬間。ペンを持つ指に違和感を感じた。しびれ? だが、ありえないはずだ。  俺はすでに、完全無欠の健康体になったはずなのだから。  俺は、ペンから指をはなし、顔をあげようとした。しかし。  指は確かにペンから離れたがーーそこまでだった。顔も、数cmもあがらなかった。  体が動かない。いや、動けない! 瞬きすらできない! そして離したペンはーー倒れない! 突っ立ったままだ!   『それ』に向かって話がちがう、と叫ぼうとしたが…それもかなわない。何が起こった?  そうしてーー俺は、業苦というべき過程を経て悟ったのだ。いや、悟らざるを得なかった。  時間だ。時間の進みかたが、極限に近いほど遅くなっている! 現実世界の時間じゃあ、ない。俺の意識内。意識が感覚する時間だけが! 俺だけの時間が!   それでもけっして停止はしていない。そうだ。契約には、時間は未来に進むものと明記があった。  だから、『それ』はーー限界まで時間の流れを遅くしたのだ。進行する限り、そうして肝心かなめの永遠の命が実現しているのなら、契約違反にはならないから。  自由意志の阻害とも、言いきれない。あらゆる行動が可能だ。とてつもなく、スローなだけで。  さらに言えば、発動と同時なら、発動後の干渉行為にも相当しない。  だが、何のために? 嫌がらせ? 不遜な俺の態度にムカついたのか。  違う。そんなものじゃあない。俺は、ある可能性に戦慄した。     
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