たったひとつの(カッコ・カッコトジ)やりかた

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 そうとも。その通りだ。 「だからこそ、先に俺は精神が健全であることの保証を挙げた。さらに、あんたらは時間も操れるーーだろう? だからこそ、契約成立後は時間の流れも含めて、逆戻りはなし、だ。俺は無限循環のような拷問は大きらいだ」 「まあ、好きなやつがいれば、お目にかかりたいものだな?」  しゃらくさい! 「あんたの要望は、どうでもいい。俺の不可逆の意図は理解してくれたか?」 「ああ、そうだな。理解した。それでいいか。え?」  どこまでも嘲弄の響きが、ついてまわる。クソ。 いらつく。  大事な・・・間違いなく、人生で最大の難関試験の最中だというのに。最も、冷静さが必要とされる局面だというのに。  俺は、現実世界で成功をおさめてきた。  莫大な財産。現在も膨張し続けている資産。俺の目論みはいつも的確で、俺の交渉はいつだって成功してきた。俺にとって交渉は空気みたいなものだ。達人というのは、そういうものだろう?  これは、いわば、それらの総仕上げなのだ。  一点の瑕疵もゆるされない。些細なミスが、文字通りの命とりになる。  何度も何度も、頭のなかでシュミレーションを繰り返してきた。  なのに。こうも、いらつくとは。俺の克己心は、自分で言うのもなんだが尋常一様ではない。  俺は自分を完全にコントロールできる。  見てろよ。 「次の付帯条件だ。たぶん、これがーー」 「汗が、ひどいようだな?」  『それ』が、とうとつに指摘した。 「全身、相当、濡れているだろう? なんなら、拭いたらどうだ? なに、急ぐ取引ではない。そうじゃないか」 「・・・・・・」  俺は、とっさに返事ができない。こういう場合は、何と応えるのがベストだったか。 「暑いのか? ここは、むしろ常温よりもかなり低いはずだが。それにお前がどう思っていたか知らないが、私は不快な硫黄の悪臭をともなっているわけでも、異形の眷属とやらを連れてきているわけでもない。お前が汗まみれになる理由が分からんな」 「きっ」  出しかけた言葉が、掠れた。いけない。いつの間にか、相手のペースに乗せられかけている。  交渉の重要点は、常にこちらがリードすることだ。 「緊張しているんだよ。分かるだろう?」 「ほう。緊張か」
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