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「やりてえ」
思わず口に出してしまったら、偶然すれ違った若い女の2人組に振り返られた。
目を合わせて軽く微笑んでやると、キャッと声を上げて喜んだ。おまえらじゃねーよと口に出すのは止めてやって、女が出てきた地下鉄への階段を駆け下りホームに停車していた電車に滑り込むと、晴翔は携帯を取り出した。ラインを開くとスクロールして黒猫を探したが、そこにいたのは水色の猫だった。
(すぐアイコン変えるとかメンへラ女かよ。それとも何か意味があるのか?)
芳名帳に書かれた名前や住所はでたらめだったし、結局雅人との連絡手段はこのラインしかない。晴翔は新しい猫をしばし見つめて考えてみたが、ほとんど言葉を交わしたことのない相手の行動の意味などわかるわけがなかった。
『猫好きなんですか?』
一体何の仕事をしているのか知らないが、勤め人ならすぐに返事が来るわけがない時間だ。晴翔は仕掛けた竿を置くように携帯をポケットにしまおうとしたが、すぐに着信があった。電話だ。雅人から。調度次の駅に着いた電車から飛び降りて応答すると、あのセクシーな声が耳に響いた。
『好きだよ。で、本題は何?』
一瞬言葉が出なかった。聞こえてしまうのではないかと思うくらい、心臓がドキドキしている。
『うるさいな、そこ何処?』
晴翔はまたドキリとしたが、彼が言っているのは電車の音だと理解して答えた。
「地下鉄のホームです。電話で折り返されたから、慌てて降りました」
『何駅?』
駅名標を探して読み上げると、彼は言った。
『近いな。ねえ良かったらお茶しない?』
甘ったるく語尾を上げて誘われた晴翔は息をするのを忘れる程驚いた。
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