第1章 美しい人 

1/15
217人が本棚に入れています
本棚に追加
/241ページ

第1章 美しい人 

その人は美しい人だった。しかしそれは賞賛より罵倒が似合う暗く淫靡な美しさで、生まれながらに与えられた罰であった。 晴翔(はると)がその人と出会ったのは祖父、正造(しょうぞう)の死後二日目の晩だった。正造は大手建設会社北山崎建設の創業者で、会社は既に晴翔の父、《ひでお》英雄に引き継がれていたがその人脈は依然広く通夜の弔問客は途切れることなく続き、会釈を返すのに疲れてきた頃その人は現れた。 ぼんやりと投げていた視線の端に入ってきた瞬間から、もう晴翔はその人から目が離せなくなった。目鼻立ちはどちらかというと小作りで遠目には白く透き通る肌ばかりが目立つが、近づくとその艶やかさに驚かされる。ほんの少し眉が吊り上がり、逆に目尻はほんの少し下がり、真っ直ぐ伸びた鼻先はほんの少し上向き、薄いのにふっくら張りのある唇は閉じていても少し開いて見えるほどめくれ上がっている。一切歪みのない卵形の輪郭の中に一度完璧な黄金比率で並べた後すべてのパーツを捻った結果恐ろしく妖艶になってしまった、そんな顔立ちだ。歩くたびにサラサラと揺れて輝く黒髪は少女のものなら清楚の象徴だが、黒いネクタイを締めているから男性なのだろうと考えると少し長すぎる。四肢の長い細身の体は少年のようだが、それにしては堂々としているしスーツも着慣れて見えるから社会人なのだろう。つまり恐らく年上の男性なのだが、晴翔は他の年上男性に対しては抱くことのない感情に戸惑いながら彼を見つめ続けていた。 (なんて綺麗な人だ・・・) そして彼はとうとう祭壇の前に到達し、遺族に向かって頭を下げた。それに応じて会釈を返した後も晴翔はもちろん彼を見ていたが、彼の方が視線を合わせたのは晴翔ではなく、父、英雄だった。 (父さんの知り合いか) しかし彼はその後かなり長い時間、正造の遺影を眺めていた。仕事関係の弔問客なら正造と英雄どちらにも通じているのは当たり前だが、建築関係の仕事をしている人間には見えない。かといって家族ぐるみでつきあいのあった古い友人とも思えない。自分より年上に見えるだけで、父よりは遙かに年下に見える。 (あれ?でもこの顔何処かで見たような・・・)
/241ページ

最初のコメントを投稿しよう!