君の口癖

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自分でも分かってるけど、私には目の前のことをただ見ていることと、足に力を入れて立っていることだけで精一杯だった。 救急車に乗ったのは初めてだった。 子供の頃、田舎に住んでいた私は当時は珍しい救急車にそれはそれは憧れを抱いたものだった。 一度、小学生の時同級生の男の子が急性腹症で搬送されたことがあった。 虫垂炎だった。彼は後日、腹の傷を勲章のように見せびらかしていた。 あの頃の私たちにとっては救急車はそれ自体も、それに乗った者もヒーローだった。 それがまさか、こんな形でヒーローの乗り物に乗ることになるとは...そんなこと微塵も思っていなかった。 病院につくと、すぐに妻の乗ったストレッチャーは待機していた看護師さん達に囲まれて手術室みたいに沢山の器具がある部屋に連れていかれた。 「ご主人はこちらへ。」 ただ、そこで狼狽えるだけの私に、眼鏡を掛けた優しい風貌の男性看護師が声を掛けてソファへ座らせてくれた。 妻が運ばれた部屋の前のソファに腰掛けて、そこが手術室では無かったことを知る。 『第3処置室』 扉の札にはそう書かれてあった。 一人でそこへ腰掛けて、開いた扉のカーテン越しの景色を呆然と眺める。 まるで夢でも見ているような不思議な感覚だった。 今日もまた 『もっと早く帰ってこれないの!?』 『また飲み会!?勘弁してよね!』     
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