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「弱い自分は捨てたって言いながら、それを受け入れてあげられなかった自分を心のどこかで責め続けてるんじゃないの?」
幼い頃の自分を拒絶して受け入れず殺してしまったことに、碧音君は罪悪感を抱いている気がした。
「俺は……、そんなこと思ってない」
「本当に?」
問うと緩く首を横に振り、一歩後退した。
「弱い自分とどうにかして決別しないと、前には進めなかったんだよね。それしか方法が、分からなかったんだよね」
だから奏という存在を消そうとしたことは、仕方がなかったのだ。
でも、碧音君はそれに罪悪感を抱いている。
「碧音君、もういいんじゃないかな。弱い自分を認めたくないって、誰でも思ってる」
「……でも……」
碧音君をやんわり抱きしめる。
「無理に受け入れなくたって大丈夫。悪いことじゃないよ」
弱い自分を受け入れたくても受け入れられない、この狭間で苦しむのは辛すぎる。
多分碧音君の心が、悲鳴を上げると思った。
きっと他の人なら、弱い部分があっても当然なんだから少しずつでもいい、受け入れろと言うかもしれない。
けど、皆が皆そうなれるわけじゃない。
「……俺、は」
「うん」
「開放、されたくて……でも」
声を震わせ、ぽつりぽつりと言葉を落とす。
「うん。罪悪感や自責の念に駆られる必要はないよ。今の碧音君で、いいんだよ」
「あす、かっ……」
碧音君のさらさらした髪が、鎖骨ら辺に当たってくすぐったい。
服からは、柔らかい花の香りがした。
柔軟剤か香水か、どちらにせよ碧音君に合ってる。
「明日歌……っ」
ああ、私まで引き千切られるほど胸が痛い。
碧音君が抱えてきたものを考えると、痛くて仕方ない。
暗い場所から立ち上がって、もがいて、居場所を見つけて、どうにか自分の想いを伝えるために歌う。
だから碧音君の歌は、言葉は人の心を動かすし惹きつけて離さないんだろう。
「碧音君、頑張ったね。今まで、頑張ってきたんだね」
言えば、肩の震えが大きくなった。
いいよ、泣いて。
いくらでも、気が済むまで泣いたらいい。
薄っすらと空が藍色に染まり夜が顔を出し始めるなか、2人で静かに泣いた。
初めて、ちゃんと碧音君の心に、世界に。
触れられた気がした。
Fin.
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