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大規模な事故
昔、大きな交通事故に遭ったことがある。
循環バスに車線を割った対向車がぶつかり、どちらも横転するといった事故だった。
けれど規模の割に、負傷者は多かれど死者は一人も出ず、当時のニュースはこの事故を不幸中の幸いと語った。
確かに、俺も全身打撲で長く痛い思いをしたが、命に別状はなかった。
ただ、当事者の視点から、ずっと考えているいることがあるんだ。
バスが横転し、意識が遠くなりかけるものの体の痛みがそれ引き留め、延々と苦しんでいたあの時、俺の体にのしかかってきたのを、今でもはっきりと覚えている。
ぐいぐいと誰かが全身を押すが、大丈夫かなどの声をかけてこないから救助ではないのだろう。
拒もうにも動けないし、声も出ない。だからなすがままになっていたら、俺にのしかかってくる相手に誰かが話しかけた。
「おい。そいつはダメだ。まだ生きてる。入るならこっちだ」
その言葉と共に、俺を押していた奴の気配が遠のいた。
…車内の状態で俺が覚えているのはそれだけだ。でも、後々死者が一人も出なかったという話を聞いて、それを不思議に思ったことは何度もある。
当事者の俺の感想を述べさせてもらえば、あれは、運がよかったのは俺と数人程度という事故だった。死人がいないなんてありえない事故だった。
それでも確かに、新聞もテレビも死者はいないと大々的に語っていた。
生存が確認された以上、あの事故で死んだ人間はいなかったのだろう。でも生き延びたのは本当にその人自身だったのだろうか。
俺が聞いたあの言葉。その意味が想像通りだとしたら、結構な人数の乗客が、本来のその人自身と入れ替わっている可能性がある。
もちろん、どうやって蘇生したのかは判らない。だけど俺には、できたての死体に何かが入り込み、生きている人間を装って復活したのではと、そう思えてならないんだ。
たまたま同じバスに乗っただけの、もう会うこともない行きずりの人達。その中のどれだけが本当のその人自身なのか、事故に遭った季節が巡ってくるたびに、俺の頭はその考えでいっぱいになる。
大規模な事故…完
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