優しい世界

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優しい世界

 この世界は、僕にはあまりにも優しすぎる。  不確かな現実に目を向けるのは、いつになっても豊かな人間ばかり。貧しい僕らにとって今目を向けざるを得ないのは、残酷なリアル。また、今年も冬が来る。 「今年は、何人逝っちまうかねぇ」  名前すらも知らない橋の下で、同じく名前も知らないおばあが、白い息とともにそう呟いた。僕はその隣で、何事もないように流れる川を見つめている。 「去年は、シゲとジンが寒さで死んだ。トドに至っちゃあ、凍った草に足を滑らせて、川に落ちて死んだ」  それからそれから。と、おばあは去年死んだ仲間たちの名前を挙げていく。中には僕の知っている名前もいくつかあった。それが最近彼らを見なくなった理由なのかと、依然止まらず流れ続ける川を見ながら理解した。 「(ぼう)」  ふと、おばあが僕の名前を呼ぶ。勿論、それは僕の本当の名前じゃない。けれどおばあがそう僕を呼ぶから、僕の名前は「坊」になった。いつからなんて、わからない。それは、ずっとずっと昔からの記憶。 「なんだ、おばあ」 「去年は、こんなに仲間が死んだ」 「うん」  何が言いたいのだろうか。それでも僕が、川から目を放すことはない。     
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