てて

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僕は何度も、何度も君の名前を口にした。 君の目に僕は映っただろうか? 君の耳に僕の声は届いただろうか? 君の手を強く握り締める僕の手の温もりは君に伝わっただろうか? 君に告げられていない言葉がまだ沢山あるんだ。 君に伝えたい事や見せたいものが、 まだ沢山あるんだ。 君と共に感じたいものがまだ沢山あるのに、 君は僕を残して遠くに逝ってしまった。 僕はまだ君と一緒にいたかったのに、 君の声を聞いていたかったのに、 君は柔らかな微笑みを浮かべて眠りについてしまった。 僅かに握り返してくれていた手が力を失くして僕の手の中でその温もりだけを残した。 その後の事は何も覚えてはいない。 子供たちや周りが騒がしく動いていたように思える。 誰かが何を話し掛けてきたのか、それに何と応えたのかも判らない。 いつの間にか僕は家の中に一人ぼっちだった。 肌に感じる我が家は静かで冷たく、こんなにも閑散としていただろうか。 「加枝」 声に出し、呼び掛けても返ってはこない返事を待った。 君の香りの残るこの家で居もしない君の影を追う。 ただ何もせず、ぽっかりと空いた心の中を埋める術すら見付けられず空虚な時を過ごした。
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